優しい世界 第1話「二人共、起きなさ~い!」階下から母の声が聞こえ、アルバス=セブルス=ポッターと、その兄、ジェームズ=シリウス=ポッターはそれぞれの部屋でベッドから起き上がり、眠い目を擦りながら両親と妹が居るダイニングへと向かった。 「おはようございます、アルバス坊ちゃま、ジェームズ坊ちゃま。」 「おはよう、ドビー。」 ダイニングに二人が入ると、そこには父と親交が深く、ポッター家で働いている自由なしもべ妖精・ドビーの姿があった。 彼はキッチンで忙しなく働いていた。 「二人共、そんな所に突っ立ってないで手伝って!」 「は~い!」 忙しい朝の時間を終え、アルバスとジェイムズはヘドウィグの部屋へと向かった。 「ヘドウィグ、元気そうだね。」 アルバスがそう言ってヘドウィグの頭を撫でると、彼女はホーと嬉しそうに鳴いた。 ヘドウィグは父・ハリーが少年の頃から飼っていたシロフクロウで、何度も命の危機に晒されて来たが、現在は年老いてハリーの手紙を送る仕事を娘に任せ、穏やかなシニアライフを送っている。 「ねぇ、ヘドウィグは今幾つくらいなの?」 「さぁ・・ハグリットに聞けばわかるかもしれないな。」 「うん。」 ヘドウィグは、食欲はあるものの、一日中寝てばかりだった。 シロフクロウの寿命は、約二十五年。 ヘドウィグは、もうすぐ二十八歳になろうとしている。 固い餌は食べられず、粉末状やペースト状になった餌を与え、ハリー達は夜通しヘドウィグの介護をしていた。 子供達にとって、ヘドウィグは“第二の母親”のような存在であり、良き相談相手だった。 「ねぇ父さん、ヘドウィグの寿命を魔法で延ばす事は出来ないの?」 「それは出来ないよ、アルバス。命は、必ず終わりが来るんだ、エロールと同じように。」 ハリーの口から、ウィズリー家のフクロウでクリスマスに亡くなったエロールの名が出た途端、アルバスは泣きそうになった。 ウィズリー家のエロールは、ハリーがホグワーツに通っていた頃からかなりの高齢だった。 そして昨年のクリスマス、エロールはウィズリー家とハリー達に見守られながら、静かに息を引き取った。 「何だか、空の鳥籠を見ると虚しくなるんだ。」 エロールの葬儀から暫く経った後、ロンはポツリとポッター家の居間で紅茶を飲んだ後、ハリーにこう漏らした。 「僕達、あの戦争で大切な人を亡くしてきただろう。でも、人と動物との別れは違うものだとわかっていた・・いや、わかろうとしていたんだとしても。でも、エロールはずっと、一緒に僕達と居て、それが当たり前だと思ったから・・」 「ロン。」 「だからさ、こんなにエロールが居ないのが辛いなんて思わなかったよ。」 ハリーは、暫くすすり泣くロンの背を優しく擦った。 「まぁ、死に慣れてはいけないよ。」 「そうだね。さてと、そろそろ帰らないと。今日は食事当番だから、遅れたらハーマイオニーにどやされちまう。」 「送るよ。」 「いや、一人で帰れるよ。」 「そうか、気を付けて。」 ロンが、ポッター家の玄関先で“姿くらまし”した後、ハリーは家の中へと戻った。 「ハリー、あなた最近働き過ぎじゃないの?」 「そうだな・・暫く休みを取ろうと思っているんだ、ヘドウィグの事もあるし。」 「そうね。」 ハリーとジニーがそんな話をしていると、窓を一羽のメンフクロウがコツコツと嘴で突いていた。 「何かしら?」 窓からメンフクロウの手紙を受け取ったハリーがその手紙に目を通すと、ソファから立ち上がった。 「どうしたの、ハリー?」 「スネイプが、倒れたって。」 「そんな・・」 「どうしたの、父さん?」 「ジェームズ、アルバス、支度しなさい。」 あの戦争が終わった後、セブルス=スネイプはホグワーツ魔法魔術学校で魔法薬学教授を定年まで勤めた後、ロンドン近郊の自宅で引退生活を送っていた。 しかし、スネイプは戦争で受けた傷の所為で、本人も知らない内に病に蝕まれていた。 その日、スネイプはいつものように家庭菜園で育てたミニトマトを使ってサラダを作ろうとしたが、その時激痛に襲われ、気を失った。 「そんな、嘘ですよね?」 「残念ですが、手の施しようがありません。」 病院に駆け付けたハリー達が医師から告げられたのは、スネイプが末期の膵臓癌という残酷な現実だった。 「そんな・・どうして・・」 「嘆くな、これが我輩の・・生き残った者の運命だ。」 スネイプは、病室のベッドの上でそう言った後、笑った。 「わたしは、もう長くはない。だからポッター、後悔の無いように生きろ。」 「スネイプ先生・・」 「貴様にそう呼ばれるのは、久しぶりだな、ポッター。」 「父さん、この人が・・」 「あぁ、最も偉大で勇敢な人だよ。アルバス、来なさい。」 「うん・・」 アルバスが恐る恐るスネイプの病室に入ると、彼はアルバスに優しく微笑んだ。 「そうか、君が・・」 「はじめまして・・アルバス=セブルス=ポッターです。」 「我輩と初めて会ったのは、まだ君が赤子の時だったな。随分と、大きくなったものだ。」 父から聞いていたスネイプは、確かに怖かったが、優しい人だった。 「また来ます、先生。」 「好きにしろ。」 スネイプの容態が急変したのは、ハリー達が彼を見舞って数日後の事だった。 「先生!」 「ポッター・・家族を大切にしろ。」 スネイプは、そう言ってじっとハリーを見つめて口元に笑みを浮かべた後、静かに息を引き取った。 「先生~、嫌だ~!」 スネイプの葬儀には、彼の元教え子達や元同僚達が参列した。 「寂しくなるな・・」 「あぁ。」 「優しくはなかったけれど、とても良い先生だった。」 「ハリー。」 スネイプの葬儀に参列したハリーがロンとそんな事を話していると、そこへリーマスとトンクスがやって来た。 「テディはどうしたの?」 「お義母様に預かって貰っている。」 「何だか、寂しくなるね。あいつとは、仲良くなれなかったけれど。」 トンクスはそう言うと、スネイプの墓に、彼が生前愛していた白百合の花束を供えた。 葬儀から暫く経った後、ハリー、アルバス、そしてシリウスとリーマスは遺品整理の為にスネイプの家に来ていた。 家の中は、整理整頓されており、本棚には彼の蔵書が隙間なく詰まっていた。 「片づけようにも、余りに綺麗過ぎて何もする事がないね。」 「そうだな。」 シリウスがそう言いながらスネイプの本棚を漁っていると、一冊の本を彼は見つけた。 「シリウス、それは何?」 「セブルスのレシピ本だ。“半純血のプリンスのレシピノート”か。奴らしいタイトルだよな。」 ハリーとシリウスが、セブルスが遺したレシピ本を見ていると、ハリーの好物である糖蜜パイのレシピのページに、“あの子の大好物”と書いてあった。 それを見たハリーは、涙が止まらなくなった。 「父さん、大丈夫?」 「ちょっと、外の風に当たって来るね。」 ハリーはそう言うと、スネイプの家から出た。 (もっと、色々と話したかったな・・) 今まで、沢山の死をこの目で見て来た。 だが、スネイプの死はハリーにとって余りにも辛く、悲しいものだった。 長年の確執が消え、漸く家族ぐるみの付き合いが出来ると思っていた矢先に、彼は逝ってしまった。 (会いたいなぁ・・) 「少しは落ち着いたか、ハリー?」 「はい。」 「糖蜜パイを作ったから、食べよう。」 その日食べた糖蜜パイは、少ししょっぱかった。 「そういえば、思い出したよ。ゴドリックの谷にあるジェームズの家に遊びに行った時、出された糖蜜パイが美味しかったなぁ。後でリリーに聞いたら、あのパイはセブルスの手作りだったんだ。」 「あいつに、意外な特技があったんだな・・」 「レシピ本の厚さを見る限り、セブルスは相当料理好きだったんだろうね。」 リーマスはそう言うと、紅茶を一口飲んだ。 「ねぇ、このレシピ本、僕が貰ってもいいかな?」 「あぁ、あいつも喜ぶと思う。」 「そうだよね。」 ハリーがアルバスと共に帰宅すると、ドビーが玄関ホールで二人を出迎えた。 「お帰りなさい、アルバス坊ちゃま。」 「ただいま、ドビー。君に、渡したい物があるんだ。」 ハリーはそう言うと、ドビーにスネイプのレシピ本を手渡した。 「この方は、あのセブルス=スネイプ様の・・」 「ドビー、スネイプ先生を知っているのかい!?」 「はい、存じておりますとも!この方はドビーが最も尊敬している料理研究家です、ハリー=ポッター!」 ドビーはキーキー声でそう言うと、スネイプのレシピ本を胸に抱えた。 「ありがとうございます、ハリー=ポッター!」 「そんなに感激しなくても・・」 「お帰りなさい、ハリー。」 「ただいま、ジニー。」 「さっきドビーがスキップしながらキッチンに入っていったけれど、何かあったの?」 「スネイプ先生のレシピ本をドビーにプレゼントしたんだ。」 「スネイプ先生の新刊を!?それはドビーが泣いて喜ぶわね!」 「ねぇ、スネイプ先生は、そんなに有名なの?」 「えぇ。先生は、毎月“週刊魔女”にお菓子のレシピを載せていたわ。」 「へぇ、初耳だな。」 「ヘドウィグの介護食も、スネイプ先生のレシピ記事に載っていたのよ。」 「そうだったのか。」 「ねぇハリー、わたし今日聖マンゴに行って来たんだけれど・・妊娠三ヶ月ですって。」 「本当かい?」 「ええ。」 ジニーはそう言うと、嬉しそうに笑った。 「ねぇ、子供達にはいつ話す?」 「今日話そう。良いニュースはみんなに広めるべきだ。」 ハリーはその日の夜、ジェームズとアルバスにジニーの妊娠を告げると、二人は大喜びした。 三人目は、ジニーに良く似た、愛らしい女の子だった。 「可愛いわね。」 「そうだね。」 女の子は、リリーと名付けられた。 「ヘドウィグ、リリーだよ。これからもよろしくね。」 ハリーがそう言ってヘドウィグにリリーを見せると、ヘドウィグは嬉しそうに鳴いた。 そして遂に、“その日”が来た。 「ヘドウィグ、大丈夫だよ、僕がついているからね。」 ハリーがそうヘドウィグに呼び掛けると、彼女は白い翼をはばかせながら、大きな声で何度も鳴いた。 ハリーが窓の方を見ると、白い影のようなものが居た。 (もしかして、エロール?) エロールは、ヘドウィグととても仲が良かった。 だから― 「ヘドウィグ、良かったね。エロールが迎えに来てくれたよ。」 ハリーがそうヘドウィグに話し掛けながら彼女の頭を撫でると、彼女は静かに息を引き取った。 すると、窓際に居た白い影は、何かを連れて闇の中へと消えていった。 「ヘドウィグ、これからは自由にお空を飛べるね。」 「そうだね。」 ヘドウィグの葬儀は、はりーの家族や友人達で行われた。 「寂しくなるね。」 「ええ。」 ハリーは、ヘドウィグを亡くしてから暫くして、空の鳥籠を見ながらボーッとする時間が多くなった。 ロンがエロールを亡くした時に漏らした言葉を、ハリーは実感する事になった。 (これが、“ペットロス”か・・) 「ハリー、どうしたの?」 「何だか、ヘドウィグが亡くなってから急に疲れやすくなったんだ。」 「あなたに必要なのは休養よ。ヘドウィグは、あなたの人生の相棒だったもの。」 「ジニー、ありがとう。」 ハリーはそれまで激務に追われた分、有給休暇を取り、暫く休養する事にした。 ハリーは休暇の間、子供達を遊んだり読書をしたりして、徐々にヘドウィグを亡くした悲しみから癒えていった。 時は経ち、ポッター家の長男・ジェームズが11歳の誕生日を迎えた。 「おめでとう、ジェームズ!」 「ありがとう、父さん!」 「ホグワーツに行けるのね、お兄ちゃん。いいなぁ。」 「リリーもいつか行けるさ。」 「ジェームズ、くれぐれもネビルに迷惑を掛けないようにしてね。」 「わかっているよ、父さん!」 (本当に、わかっているのかなぁ?) ジェームズ=シリウス=ポッターは、その名の通り悪戯ばかりしてハリー達を困らせている。 シリウスから最近、学生時代の思い出話を聞いたことがあるが、それらは少しというかかなりドン引きしてしまいそうになるものばかりだった。 (どうしよう・・) 「ジェームズが、ホグワーツで問題を起こさなければいいのだけれど・・」 ジニーの言葉を聞いたハリーは、思わず笑ってしまった。 「どうしたの、ハリー?」 「いや、僕も同じような事を思っていたから、君が先に口に出したから、つい・・まぁ、ホグワーツにはネビルが居るから、何とかなるさ。」 「そうかしら?」 長い夏休みが終わり、ハリー達はキング・クロス駅に居た。 「いいなぁ、僕達も行きたい!」 「そんなに焦らなくても、アルバスはあと二年待てばホグワーツに行けるよ。」 「でも、そんなに待てないよ!」 9と4分の3番線のホームには、ホグワーツ入学を間近に控えた子供達とその保護者達が集まっていた。 「気を付けてね!」 「行って来ます!」 ホグワーツ特急がキング・クロス駅から発車した後、ハリー達はブラック邸に立ち寄った。 「ハリー、良く来たな!アルバス、少し大きくなったか?」 シリウスはそう言うと、ハリーとアルバスを交互に抱き締めた。 「シリウスおじさん、話があるんだ。」 「その顔だと、ジェームズの事かな?」 「うん。」 「父さん、僕は母さんとキッチンに居るよ。」 ハリーはシリウスと共に彼の部屋へと向かった。 「それで、俺に話したい事ってのは、ジェームズ坊やが、ホグワーツで問題を起こさないだろうかって、心配しているのか?」 「うん。父さんとあの子は違うけれど、何だろうな・・少しヤンチャな所が、隔世遺伝したみたいで・・」 「まぁ、それはわかる。だからと言って、ジェームズ坊やが問題を起こすと決めつけちゃいけないよ。」 「そうだね・・」 シリウスにジェームズの事で相談したハリーは、晴れやかな気分で帰宅した。 だが― 「ジェームズが校長室に忍び込んで、グリフィンドールの剣を盗もうとしたって!」 歴史は、繰り返される。 「いつか、こんな日が来るんじゃないかと思っていたけれど・・」 「うん・・」 「はは、そんな深刻そうな顔をするな、ハリー!」 シリウスはそう言って笑ったが、リーマスとハリーに睨まれて黙ってしまった。 「父さんだったら、どうするのかなぁ?」 「う~ん、それは直接会ってみないとわからないな。」 「シリウス、それはどういう意味だい?」 「あ~、その・・」 「ハリー、遊びに来たぞ~!」 そう言って暖炉の中から出て来たのは、ハリーの父・ジェームズだった。 「父さん?」 「後で色々と説明して貰おうかな、シリウス?」 「あぁ・・」 「孫の武勇伝を聞きに、やって来たぞ!」 「シリウス・・」 「父さん、一体何をしに来たの?」 「あ・・」 ジェームズは、自分を冷やかに見つめる親友と息子の姿を見て、固まった。 「そうかそうか、ジェームズ三世は僕の遺伝子を濃く受け継いでいるようだね。良かった、良かった。」 「良くないよ!」 ハリーがそう叫んだ時、“ジェームズ三世”が帰宅した。 「ただいまっ・・て、おじいちゃん、どうしてここに居るの!?」 「お前の武勇伝を聞きに来たんだ。」 「え~、本当!?嬉しいなぁ、じゃぁ、スリザリンの談話室に糞爆弾を投下した話、聞きたい!?」 「面白そうな話だなぁ~」 「ジェームズ、黙って!」 「すいません・・」 リーマスに睨まれ、ジェームズは俯いた。 「ジェームズ、どうしてお前は学校で悪戯ばかりするんだ?」 「わからない。」 (一体、どうすれば・・) 「ハリー、また溜息?」 「あぁ。ジェームズは?」 「お義父様とチェスをしているわ。あの子、お義父様の言う事だけは聞くみたい。」 「そうか。」 「ねぇ、お義父様達と一緒に暮らさない?今の家は狭いし、環境を変えたらあなたにもいいんじゃないかしら?」 「そうだな・・」 ハリーは、手狭なロンドンのフラットから、ゴドリックの谷にある広い一軒家へと引っ越した。 大好きな祖父母と一緒に居られるので、ジェームズは少し落ち着いているように見えた。 「これで良かったのかな?」 「良かったんじゃない?」 ジニーとハリーがリビングでそんな話をしていると、ふくろう便がやって来た。 『やぁハリー、元気かい?引っ越し祝いに俺達から素晴らしい贈り物をやろう。』 手紙の送り主が、誰なのか二人にはわかった。 “ゴキブリゴソゴソ豆板”が、手紙に同封されていたからだ。 「もう、兄貴達ったら、相変わらず悪戯好きなんだから!」 「我が家の家系には、悪戯好きの遺伝子が濃いんだな・・」 ハリーは、少し遠い目をしながらそんな事を言って溜息を吐いた。 「クリスマスだっていうのに、仕事なんてついていないなぁ。」 「パパ、早くお仕事終わらせて帰って来てね。」 「わかったよ、リリー。じゃぁみんな、行って来る。」 クリスマスの朝、ハリーは家族に見送られながら出勤した。 「ふぅ・・」 デスクワークを終えたハリーが溜息を吐いていると、部下の一人が何処か慌てた様子で闇祓い局へと入って来た。 「局長!」 「どうしたの?」 「ヴォルデモートの残党が、マグルを襲っています!」 「場所は何処、案内して!」 ハリーが部下達と共にロンドンの地下鉄のホームへと向かうと、そこは不気味な程静まり返っていた。 「こんな所に、本当にヴォルデモートの残党が居るのか?」 「さぁ・・」 そんな事をハリー達が話していると、向こうから闇の気配が少しずつ近づいて来た。 「みんな、伏せて!」 “それ”は、徐々に大きな渦となってハリー達に迫って来た。 ―ハリー・ポッター・・ 地の底から響くような声に、ハリーは聞き覚えがあった。 (まさか、そんな・・) あの戦争で、ヴォルデモートをはじめとする闇の魔法使いは、ヴォルデモートを含め、いなくなった筈だった。 それなのに・・ 「局長?」 「いいや、何でもない。先に進もう。」 あの声は空耳だ―そう思いながらハリー達が奥へと向かうと、そこには血の海が広がっていた。 (一体、ここで何が・・) ハリーが杖先をトンネルの奥へと向けた時、その中から微かに何かの声がした。 (何?) 声がする方へと向かうと、そこには一人の少年の姿があった。 どうして、こんな所に子供が。 ハリーがそんな事を思っていると、徐に少年は俯いていた顔を上げた。 “やっと見つけた・・” その少年は、真紅の瞳をしていた。 「トム=リドル・・」 ハリーは、そこで意識を失った。 「ハリー、ハリー!」 「ジニー、僕は・・」 「良かった、意識が戻ったのね!」 ハリーが意識を取り戻したのは、倒れてから数日後の事だった。 聖マンゴのベッドの上で目を覚ましたハリーは、そこでジニーから信じられない事を聞いた。 ハリーの部下達がトンネルの奥へと向かった時、ハリーの周りには誰も居なかったという。 (じゃぁ、僕があの時見た子は?) 「ハリー?」 「ジニー、心配かけてごめん。」 「いいのよ。それよりもハリー、あなた、何かわたしに話したい事があるんでしょう?」 「実は・・」 ハリーがジニーにあの少年の事を話すと、彼女は驚愕の表情を浮かべた後、ハンドバッグからある物を取り出した。 「これ、今朝うちのポストに入っていたの・・」 ジニーに見せられたのは、スリザリンのロケットだった。 「これは、一体誰が・・」 「わからないわ。でもこのロケットって、ヴォルデモートのものでしょう?何だか不気味ね・・」 「ジニー、ロケットは僕が預かっておくよ。」 「ありがとう。」 その日の夜、ハリーは変な夢を見た。 ―また会えたな、ハリー。 地下鉄のトンネルの奥で、トム=リドルは紅い瞳を光らせながらハリーを見つめていた。 ―どうして、僕がここに居るのかっていう顔をしているね?君に会いたかったからだよ。 トムはそう言って笑うと、ハリーの頬にキスをした。 ―また会おう。 「待って!」 目を覚ました時、ハリーの枕元には砕け散ったスリザリンのロケットが転がっていた。 「パパ、お帰り。」 「ただいま。みんな、心配かけてごめんね。」 ハリーが聖マンゴを退院したのは、彼が倒れてから七日後の事だった。 「スリザリンのロケットが、うちのポストに入っていただって!?どうしてそれを早く言わないんだ!」 「言おうとしたけれど、忙しくて言うタイミングを忘れちゃったんだよ、ごめんよ、父さん。」 「スリザリンのロケットねぇ・・一体誰が、何の目的で・・」 「まさか、ヴォルデモートが復活したとか?」 「それはない。」 「分霊箱は破壊された筈・・」 「ロケットを調べたけれど、魂の痕跡はなかった。でも、一部魂の“カケラ”を感じたよ。」 「“カケラ”?」 「残留思念というものかな。よくわからなくて・・」 ハリーがそう言って溜息を吐くと、シリウスがそっと彼の肩を叩いた。 「考えるのは後だ。今は、ゆっくりと休め。」 「うん・・」 ハリー達がそんな話をしていると、二階からアルバスとジェームズが降りて来た。 「父さん、助けて、リリーが!」 ハリー達が二階の部屋に入ると、あの少年がリリーを連れ去ろうとしていた。 「リリーから離れろ、トム!」 “ハリー・・” 少年は、少し寂しそうな笑みをハリーに浮かべた後、屋敷から姿を消した。 「リリー、大丈夫?」 「うん・・」 (トム、君は一体何をしたいんだ?) |